大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)23号 判決

原告 岡村慶一

被告 株式会社富士製作所

主文

特許庁が同庁昭和二十六年抗告審判第五七八号事件につき昭和二十八年七月三日なした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は特許第一七九五三〇号の登録を受けた者であるところ、被告は右特許は訴外栄川広治の発明に係るものを原告に於て冒認したものであると共に、右特許出願前右栄川広治は被告に対し書面を以てその成案を呈示したから右特許はその出願前既に新規性がなくなつたものであるとし、右の理由を以て昭和二十四年七月二十五日特許庁に対し右特許無効審判を請求し、右事件は特許庁昭和二十四年審判第五九号事件として審理せられ、昭和二十六年六月三十日右特許を無効とする旨の審決がなされ、原告は之に対し同年七月三十一日抗告審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十六年抗告審判第五七八号事件として審理せられ、昭和二十八年七月三日右抗告審判請求は成り立ない旨の審決がなされ、同審決書謄本は同月十七日原告に送達された。

右抗告審判の審決は次の二つの事実を認定し、之によつて本件特許発明がその出願前公知であつたとし本件特許を無効とした。右二つの事実とは即ち

(イ)  栄川広治から被告に宛てた日附のない信書(後記本件乙第二号証の一)中に本件特許発明と同一内容の記載があり、その信書が昭和二十二年十二月二十二日被告会社に受け入れられた結果栄川から被告会社に右発明につき公然の告知があつたと言うこと、

(ロ)  被告会社がその従業員なる浅田加一に右発明による機械の設計を命じ、浅田が公然設計に従事し昭和二十二年十二月末設計図を完成したと言うこと、

である。

(二)  然しながら栄川と被告とは、栄川が被告に一切の資料を提供し両者が夫々証人及び当事者となつて本件特許無効審判請求事件を遂行していること及び前記信書(乙第二号証の一)の記載内容によつても、極めて親密な関係にあつたことが明らかであつて、このような間柄にある両者間に取交された文書には秘密にすべきものもそうでないものもあるべく、要は両者間に自然に築き上げられた道義的観念と常識とによつて一々一方からの指示がなくても記載内容の中の或る事項は秘密にし或る事項は公開しても差支ないと言う区別が相手方におのずから弁別して取扱われるのが普通であるべきであり、而して前記信書のような機械の考案の依頼状は普通商品の製作の注文状とは大いに趣を異にし製作者たる被告会社に於て濫りに内容を口外すべからざる道義的責任があつたものと解するのが右当事者間の実情に適合している。右の事情に徴すれば審決のなした前記信書により栄川から被告会社に対し右発明につき公然の告知がなされた旨及び被告会社の従業員浅田加一が公然本件発明による機械の設計に従事した旨の認定は誤つていることが明らかである。しかも被告は右信書に記載してある機械の構造につき昭和二十三年一月二十三日被告の代表者友森二郎名義を以て実用新案登録出願(昭和二十三年実用新案登録願第七八五号)をしているが、実用新案の登録出願をすることはその考案が新規であると言うことを表明することに外ならないのであつて、被告が右実用新案登録出願をしていることはその出願の日迄被告の代表者友森二郎及び同人と関係のある一切の身辺の者がその考案を秘密にしておいたことの確証となるものであり、尚又本件に於て被告は原告が栄川のなした本件発明を冒認して本件特許出願をしたと主張しているが、栄川が昭和二十二年十二月中に右発明を公開し公知ならしめたならばこのような主張のなされる筈はなく、右主張も又栄川がその発明を何人にも秘密にしていたことの確証となるものであり、従つて審決が本件発明がその特許出願前公知であつたとしているのは誤つている。

(三)  要するに審決は事実の認定を誤り矛盾を包含している不当のものであるから、原告はその取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実は認める。

被告は本件特許無効の理由として第一段階で特許法第五十七条第一項第二号による特許権冒認の事実を主張し、第二段階で同法第四条第一号及び第一条所定の出願公知の事実を主張したのであるから、両主張は原告主張のように矛盾するものではない。

而して審決が請求原因(一)の事実中の(イ)及び(ロ)の事実を認定したことは原告主張のように不当でも違法でもないのであつて、即ち栄川広治から被告会社に宛てた原告主張の信書(乙第二号証の一)には受信人にその内容につき黙秘の義務を負わしめた字句が全然記載されておらず、その他発信人及び受信人共にその内容を秘密にしておくべき何等の事情も存在せず、この信書の存在自体が本件特許発明の新規性を阻却するものである。又被告会社の代表者友森二郎が昭和二十三年一月二十三日に原告主張の実用新案登録出願をしたことがあるけれども、この事実あるが故に右友森二郎及びその身辺の者がそれまで右考案を秘密にしていたものとはなし難く、従つて本件特許発明が特許法第四条第一号に該当せずして新規性を有するものとすることはできない。即ち被告会社は栄川広治から昭和二十二年十二月十三日にその発明実現の設計及び試作を依頼せられ且前記信書(乙第二号証の一、二)をも受取つたので之に応じて右設計及び製作に努力したのであるが、右注文の機械を僅か一台だけ製作するのでは生産費が割高となるので訴外森要三及び大塚尚平にも注文をするよう勧誘した。その際被告は右考案が面白いものであるに拘らず、栄川がその特許出願をすること等に全然関心がなく、又右考案が友森二郎が前に登録を受けた実用新案に似た点もあつたので、友森二郎に於て急に思い立つて軽い意味で前記実用新案登録出願をなしたのであり、被告会社に於て他からの注文を犠牲にして迄も右考案を秘密にするような重大な考はなかつたのである。尚栄川広治も特許等について考えたこともない人物であり従つて右考案を秘密にしておくようなことは全然なかつたのである。

之を要するに栄川広治も、友森二郎も、被告会社の従業員も悉く本件特許出願人たる原告以外の第三者であり、之等第三者に右発明がその特許出願前知られていたのであつて、この事実は右出願前に右発明が公知であつたことに外ならないものであり、審決がこの理由の下に右特許を無効としたのは相当であり、原告の請求は失当である。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第二号証によれば原告の本件特許第一七九五三〇号は昭和二十三年一月十九日原告によつて出願せられ昭和二十四年七月八日特許せられたものであつて、その発明の要旨は「帯鋸機の挽切側の帯鋸の背後に於て帯鋸と同一平面上に帯鋸の厚さと略同等の厚さの回転円板をその中心軸で挽切台に回転自由に軸支させた帯鋸機直線挽誘導装置」に存し帯鋸に依つて挽切られる木材をこの回転円板で直線状に誘導させることを目的とするものであることが認められ、この認定を動かすに足る資料は存しない。

よつて右発明が右特許出願前公知であつたか否かにつき審案するに、乙第二号証の一は栄川木材工業株式会社から被告に宛て同証添付の図面及び説明書に表示された挽材機について考案して貰い度い旨記載した信書であつて、且右図面及び説明書には前記発明と同一内容の考案が表示されてあることを認められ、又右書面にはその内容を秘密に附して置くべき旨の依頼が明記されてないことを認め得るけれども、後記の通り被告会社代表者友森二郎個人名義を以て昭和二十三年登録願第七八五号実用新案登録出願がなされその考案が本件特許発明の要旨の同一である事実並びに同人が右出願前から実用新案登録出願の経験者であつた事実に徴すれば、被告会社が右出願前乙第二号証の一の記載内容を公表したものと認め難く、従つて右乙第二号証の一、二が栄川木材工業株式会社と被告との間に発受されたと言う事実により右考案が公知になつたものとするに足らず、又証人栄川広治は被告会社代表者友森二郎に右考案を示すに当り之を秘密にするよう依頼しなかつた旨証言し、成立に争のない乙第十二号証の二にも特許庁に於てなされた栄川広治の証言として右と同旨の記載が存し、被告代表者友森二郎本人も右に照応する趣旨及び同人が被告会社の従業員なる浅田加一に右考案による機械の設計を命ずるに当りその内容を秘密にするよう命じなかつた旨の供述をし、証人浅田加一は右に照応する趣旨の証言をし、更に証人石神津一は被告会社の従業員として昭和二十二年暮頃前記考案を訴外森要三に示して右考案による機械の注文を慫慂した旨の証言を、証人森要三は右に照応する証言をし、成立に争のない乙第十二号証の四には特許庁に於てなされた証人森要三の証言として右石神津一の証言に照応する趣旨の記載が存し、成立に争のない乙第五号証にも株式会社森製材所取締役社長森要三名義で被告会社に宛て同趣旨の記載が存し、尚成立に争のない乙第十二号証の五には特許庁に於てなされた証人大塚尚平の証言として昭和二十二年十二月頃被告会社から前記考案による機械の図面を示された旨の記載が存し、尚成立に争のない乙第六号証にも大塚尚平から被告会社に宛て被告会社から昭和二十二年十二月下旬頃右考案による機械の説明を受け更に昭和二十三年一月十三日に右機械の図面を示されたに相違ない旨の記載が存し叙上各証拠の外に本件にあらわれた資料によつては本件特許発明がその出願前公知であつたことを認めるに足りないところ、前記本件特許出願の日なる昭和二十三年一月十九日の後たる同月二十三日に被告会社代表者たる友森二郎個人名義を以て昭和二十三年実用新案登録願第七八五号の実用新案登録出願がなされたことは当事者間に争のないところであつて、成立に争のない甲第十号証の一によれば右出願に係る考案は「上輪と下輪との間に帯鋸を無端状に継架して成るテーブル式帯鋸盤に於て帯鋸の背後に挽道より稍々薄い円盤を備え円盤は軸を中心に送材方面に廻転させて成る帯鋸盤自動直挽装置の構造」にあることが認められ、之を前記本件特許発明の要旨と比較すれば右実用新案は本件特許発明とその要部に於て全く同一であることが認められ、尚又成立に争のない甲第三乃至第五号証によれば被告会社の代表者友森二郎は個人として既に右実用新案登録出願及び被告の本件特許出願の前なる昭和十年前後頃製材機に関する数個の実用新案登録出願をしたことがあることを認めることができ、之によれば同人はその頃から実用新案登録出願に関する経験者であつて被告の本件特許出願及び前記昭和二十三年登録願第七八五号の実用新案登録出願当時には実用新案登録は新規の考案に限り許されるものであることは知つていたものと推認すべきであり、以上認定の各事実に徴するときは被告の右昭和二十三年登録願第七八五号の実用新案登録願をしたのは右考案がその出願当時新規のもの即ち公知でないものであると思料したからであることが明らかであり、従つて前記各証言、被告代表者本人の供述及び乙第十二号証の二、四及び五、並びに乙第六号証の各記載は何れも到底信用し難いところであり、本件特許発明はその特許出願前には秘密の状態に置かれ一般第三者には公知の状態にはなつていなかつたものと認めなければならない。

然らば審決が本件特許発明がその出願前公知であつたとし本件特許無効審判請求を認容したのは失当であつて、その取消を求める原告の請求は正当であるから民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例